令和4年度「相互交流報告」オンライン開催レポート
- 開催日時|2023年1月21日(土)13:00−15:30
本事業は、京都府下で活躍する看護職員たちの交流と、さらなるキャリアやスキルの向上を目的に、2015年4月から京都大学医学部附属病院・看護職キャリアパス支援センターが中心となって開始されました。毎年度末には1年の活動を振り返るとともに、次年度の参加施設の拡大や、出向経験者が得た学びの共有などを目的に「相互交流報告会」を開催しています。コロナ禍により3年連続でのオンラインによる実施となった令和4年度の報告会は、各拠点から画面を通して情報や思いを共有し合う有意義な時間となりました。当日の模様をレポートします。
【開会のあいさつ・事業説明】 看護職の連携力のさらなる強化へ
新型コロナウイルス第8波のただ中での開催となった令和4年度の相互交流報告会。開会のあいさつを務めた京都大学医学部附属病院・看護職連携キャリアパス支援センターの井川順子センター長は、長引くコロナ禍の中で尽力する看護スタッフや関係者への労いと感謝を述べるとともに、こうした状況下でも本事業を地道に継続してきた意義と手応えにも言及しました。
井川センター長は続いて、本事業の概要を説明。事業の背景や目的に加えて、これまでの実績、今後の展望などを紹介しました。開始から現在までの8年間で、本事業に参加した看護職は延べ50人以上にのぼります。コロナ禍の厳しい状況にあっても相互交流の取り組みを継続し、本事業の目的である「看護職の専門性の強化・連携力の強化」を追求していくことの大切さを語りました。
【特別講演】 ユマニチュード® の哲学から始まるケア実践
[講師]
福岡脳神経外科病院 看護部長
脳卒中看護認定看護師
ユマニチュード認定チーフインストラクター
杉本 智波
氏
●ユマニチュードの「哲学」に焦点をあてた特別講演
開会のあいさつに続いて、ユマニチュード認定チーフインストラクターである杉本智波・福岡脳神経外科病院 看護部長による特別講演「ユマニチュード(R) の哲学から始まるケア実践」が行われました。ケアの技法である「ユマニチュード」は、フランスの体育学者であるイブ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏により開発され、約40年前の歴史があります。認知症看護の現場を中心に、有効なケア方法として世界中で導入が進んでいます。ユマニチュードは、根底にある「哲学」と、それを実現するための「技術」から成り立っています。杉本看護部長は2016年にユマニチュードと出会い、最初はまず技術を学びましたが、いざ実践するなかで哲学が非常に重要であることに気付いたといいます。「ユマニチュードにおいてなぜ哲学が必要なのか。その哲学を、技術がどのように支えているのか。皆さんと考えていく1時間にしたいと思います」という呼びかけで講演はスタートしました。
●技術の4本柱、その根底にある哲学
ユマニチュードの技術は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つを基本の柱とします。そして、これらのケアを実践する際には、次の3点を常に念頭に置いて考えることを求めています。1つ目は「ケアをする人とは、健康に問題のある人に対して、回復を目指す、機能を保つ、最期まで寄り添う職業人である」ということ。2つ目は「その人の持っている力に合った正しいレベルのケアを行う」ということ。3つ目は「その人らしいケア、人間らしさを取り戻すケアに努める」ということ。これがユマニチュードの「哲学」です。この哲学に沿って、ケアをする人と受ける人の安心できる関係を築き、相手が理解できる形にして届けることで、ケアを受ける人の脳内で心地よさや安心を感じるホルモンが分泌され、ケアがより届きやすくなります。杉本看護部長は講演の中で、ユマニチュードの実践を記録した映像も紹介。患者さんが見違えるように明るい表情になり、認知力の向上につながった事例を交えながら解説しました。
●ケアをあきらめないための引き出しの一つに
「ユマニチュードは魔法の杖ではありません」と前置きした上で、杉本看護部長は「必要なケアを届けたいけれど受け取ってもらえない、という悩みに直面したときに、ユマニチュードの知識は状況を分析して対応するための一つの引き出しになります。私自身、ユマニチュードを知って、ケアをあきらめなくなったことが大きな変化です」と振り返りました。患者さんのために、という一心での献身的なケアが、実は相手に届いていなかったり、ときには本人が持つ能力を奪っていたりする可能性も考えられます。「ユマニチュードの哲学と技術を知り、相手が理解できる形でケアを届けることによって、患者さんご自身ができることはもっとあります」と、ユマニチュードを学ぶ意義を杉本看護部長は参加者に語りかけました。
【交流者発表】 人材交流を経験した看護師2名による報告リレー
講演に続いて、令和4年度の本事業に参加している京都大学医学部附属病院の看護師2名によるプレゼンテーションが行われました。出向動機や出向先での学び、自施設に戻ってからの今後の活動や目標について、リレー形式で発表。2名はそれぞれ、自施設では得られない学びや体験を積んでいることを詳しく紹介し、「新生児の急性期看護から退院後の生活まで、切れ目のない看護についてさらに学びたい」「在宅医療の実際と在宅看護技術について学び、看護師としてスキルアップしたい」と展望を語りました。自身の今後のキャリアパスを見据えながら目的意識を持って本事業に参加し、能動的な姿勢で学びを深めている様子や、得たものを自施設や地域に還元したいという意思が報告内容から伝わりました。
[令和4年度報告者]
●京都大学医学部附属病院 看護師 近宗 純子
●京都大学医学部附属病院 看護師 松本 祐貴子
【ディスカッション】課題や改善策にも踏み込んで活動事例を紹介
続いて行われたパネルディスカッションでは、「出向後の活動と交流出向への期待」をテーマに、本事業の参加施設の中から、4施設の皆さんがオンライン上で登壇しました。看護職キャリアパス支援センター初代センター長も務めた秋山智弥教授(名古屋大学医学部附属病院
卒後臨床研修・キャリア形成支援センター 看護キャリア支援室
室長)による進行のもと、綾部市立病院・村上洋子看護部長、京丹後市立弥栄病院・山本久美子看護部長、国保京丹波町病院・平田千春看護部長、市立福知山市民病院・髙松満里看護部長を中心にディスカッションが行われました。
登壇者のお話に共通して出たのが、管理者として出向者を送り出す・受け入れる、両方の視点での本事業の意義やメリットです。「出向者を送り出す準備プロセスを通して、出向候補者の知らなかった一面を知ることもあり、潜在能力の発掘につながると感じています」(村上看護部長)、「目的意識を持って出向して来られる助産師の皆さんから、現場のスタッフはとても良い刺激をもらっています」(山本看護部長)、「地域密着型の当院では総合的な看護ができるジェネラリストが必要ですが自施設だけで育成することは難しい。
本事業で出向を経験した看護師は、学んだことを帰院直後から同僚に伝え、実践してくれています」(平田看護部長)など、人材交流がもたらす効果や手応えを話しました。また、各施設の出向経験者もコメントを寄せ、出向での学びを経てそれぞれ、「老人看護の専門看護師の試験に合格することができた」「主任看護師として出向を経験し、現在は看護師長として病棟運営を担っている」「人材交流を通して学んだ、新しい知識を得るすばらしさを常に心にとめて研鑽したい」など、出向後のキャリアアップや意識の変化が紹介されました。
こうしたさまざまなプラスの側面とは別に、市立福知山市民病院・髙松看護部長は、本事業に参加して感じた課題にも言及しました。「出向期間が1年以上になると、帰院後に同僚を巻き込むよりも一人で頑張ってしまう傾向がある」「出向者を送り出した部署の中堅やベテランが負担や不満を感じるケースもある」といった課題を紹介。対策として、出向者が毎月の帰院日に現場で業務に就くことで部署とのつながりを持ち続けられるようにしたことや、院内の実践報告会を実施していることなど、具体的な取り組みを解説しました。同院の出向経験者も登壇し、「帰院日を勤務にあてたことで、相互理解や職場への再適応のしやすさにつながった」など、率直な感想を発表。出向後に同僚を巻き込んで実施している活動内容も報告されました。
コロナ禍を経て地域の医療ニーズの変化や、医療機能の分化が進んだことで、これまでに増して、施設間での連携力を持った看護職の育成が重要性を増しています。進行役を務めた秋山教授は「医療施設間で適切に情報共有を行い、患者さんが安心して移っていける体制を整えられるのが、連携力の強い看護職だと考えます。機能が異なるそれぞれの施設でしか学べないことがあり、互いがイコールパートナーです。管理者同士でつくりあげてきたネットワークを大切にしながら、京都府の中でさらに輪を広げていければ」と今後の展望を語り、パネルディスカッションを締めくくりました。
【閉会】 情報や思いを共有し、事業推進への原動力に
3年連続でオンラインによる開催となった令和4年度の相互交流報告会。本事業でこれまで蓄積されてきた知見や具体的な事例を情報共有することで、京都府における地域医療構想に必要な看護人材の育成に向けて、参加者が改めて意義を再確認しモチベーションを高める場になりました。次年度こそは対面での開催が実現することに希望を託し、交流会は幕を閉じました。